■ 女子高生を惹きつけるプリクラの技術経営
1995年に誕生し、17年以上もの間、その時々の女子高生から支持され続けてきたプリクラ機。プリクラメーカーはどのようにして、女子高生の理想を「技術」に変えてきたのか?プリクラのトップシェアを持つメーカーへの取材で明らかになったことを中心に、ここまで全4回に渡ってお送りしてきた。
フリューが、女子高生の理想を「技術」に変えることに成功してきた大きな理由として、フリューの「技術開発の体制」と、一般女子高生への「技術の普及のさせ方」が重要であると考えられ、ここにまとめておく。
まず、「技術開発の体制」について、フリュー内の変遷を振り返ってみる。フリューでは、初期はオムロンの企業文化を継承し、プリクラの開発も技術系の男性だけで行っていた。グループインタビューでは、女子高生の意見を聞いていた。この頃は、ユーザの女子高生の要求を、そのまま技術に翻訳するような作業を行っていたと言う。その頃のフリューは、現在のようにヒット商品を生産してはいなかった。
プログラマとして入社した女性が、企画部門に移動し、企画した商品が大きくヒットしたことをきっかけに、フリューでは、技術者は男性、企画者は元プリクラユーザの女性が務める体制で、プリクラの開発を行うようになる。その頃になると、グループインタビューでは、女性企画者はユーザの女子高生の意見は聞くけれど、確認程度で、最終的には自分の考えで企画を作るようになったと言う。
グループインタビューで集められる女子高生にも、特徴がある。一般の女子高生よりも、「プリクラハッカー」とも呼べそうなほど、プリクラの内部まで理解しているような、プリクラに関して先導的なユーザばかりが集められているように見られる。
このように、フリューのプリクラの企画に影響をしているのは、元プリクラユーザの女性企画者と、先導的なユーザの要求だけである。最終的には、女性企画者の要求が、男性の技術者の手によって、技術へと変えられる。
しかし、なぜ、このような特殊なユーザの要求だけを反映させて生産された機械が、全国隅々にあるゲームセンターを利用する、一般のユーザからも評価を受けているのだろうか?
それにはフリューの「技術の普及のさせ方」が影響している。フリューでは、特殊なユーザの要求を元に開発される技術を、一般ユーザに普及させるため、ファッションのモードの仕組みを参考にしている。フランスのモードは、一般消費者の要求に応えて作るのでは決してなく、新しく作ったものを、ある意味、強制的に、一般消費者へ普及させる。同じようにフリューのプリクラの新しい「うつり」技術も、プリクラそのもののみならず、雑誌や実店舗も使って、ある意味強制的に広められている。
このようにして、フリューは、特殊なユーザの要求を元に技術を開発し、それをいわば強制的に一般ユーザへ普及させることによって、女子高生の”今”の理想ではなく、”未来”の理想を「技術」に変えたプリクラを、一般の女子高生たちに供給していることがわかった。
- 第1回「プリクラトップシェア企業」
- 第2回「女性企画者と男性技術者」
- 第3回「先導的ユーザとのネットワーク」
- 第4回「技術がモードを作る」